あくまこちゃん小話

111のお題にはそれっぽいものが見つからず、さりとて一話というには短いので。

 そこを曲がれば彼女がいるだろうと彼は知っていた。

 風圧で邪魔になるコートを左手に持ち、珍しくもバタバタとみっともなく走りながら、アクロマはため息をつく。次の角を曲がれば彼女がいるだろうと知っている、しかし、知っている自分が腹立たしいのだ。なぜならそこは、落ち込んだ彼女がひとりきりになりたくて選ぶ場所なのだと彼は理解しており、それを理解しているのはもちろん、これが初めてではないからなのである。

 何年経とうとも、彼女の落ち込む微妙な機微というものが彼にはつかめないのだった。見た目とは裏腹に押しの強い彼女はしかし、言葉でアクロマを傷つけることは滅多にない。しかしそれに対するアクロマはというと、どうにも自覚のないままに、不用意な言葉をぶつけてしまうらしいのだった。歳の差なのか性差なのか、はたまた生い立ちのせいか、単に性格なのか。考えても考えても、どうにも分からない。
 アクロマはもう一度ため息をついた。原因が分かれば解消するというものでもない。

 第一あの人だっていけない、どうしていちいち、自分を煽るような物言いをするのか。どうしていちいち、かき回すようなことをするのか。他所では大人らしく落ち着いた所作でいるくせに、自分といる時ばかり稚気を発揮するのは何故なのか。理不尽じゃあないか。ひとつひとつに乱されるのも、馬鹿馬鹿しいではないか。ああもう、縁を切ってしまいたい――

 首を振り、立ち止まる。息と髪、襟元を整え、コートを羽織った。

 縁を切りたいなら追いかけるべきではない。一人になりたいのだろうから、放っておくべきなのだ。それでどうなろうが、知ったことか。今だって、このまま、踵を返してしまえばいい。どうせあの人のことだ、数日後には何事もなかったようにケロっとして現れるに違いないのだから。
 そう考えていたはずなのに、遠目に彼女の横顔を見てしまうと、それだけでもうダメだった。憂い顔の美しい人、しかしそのかんばせを悲しみに沈ませて置きたくはないと、どうしても思ってしまうのだ。

 せめてもの抵抗として、青年は息と服装を整える。ここまで慌ただしく焦って走ってきただなどと、貴女のためなのだなどと、思わせてなるものか。

 ……しかしそんな思惑も、彼女が振り返るだけで霧散する。その涙に濡れた瞳が見開かれ、それからおずおずと微笑むのを見ると、すべての言葉はどこか遠くへと吹っ飛んでしまうのだ。
 結局彼は弱り切って、謝罪の代わりにいつもの言葉を口にするのである。
 夕飯でも食べに行きませんか、と。

頭上がんないと可愛いですね!

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