あくまこちゃん

「あら、まあ、珍しい」
 マコモの声にショウロは顔をあげた。声は開け放たれたリビングの扉の向こう、玄関から聞こえてくる様子である。そういえばさっき、チャイムが鳴ったかしら。ショウロは首を傾げた。研究所への客は決して珍しくないが、ホリデーシーズンは研究所とて休みである。そして、マコモとショウロの暮らす自宅へ訪ねてくるのは、姉の友人たちがほとんどであり、彼女たちの訪いは『珍しい』ものではないのだ。
 ショウロは資料を起こしていた手を止め、耳をすませた。姉の声色はずいぶんと弾んでいるようである。
「突然どうしたの? 外寒かったでしょ、上がって上がって」
「……いえ、近くを通りましたので、ご挨拶でもと思っただけですので」
 ははあ、とショウロは口角を上げる。この訪問客の声は聞き覚えがあるものだった。
 彼女の姉、マコモには、親しい後輩の男性がいるのである。姉は時々彼を訪ねているらしく、その男性も極稀に、マコモの研究所に顔をだすのだ。ショウロも何度か顔を合わせた事があるのだが、線の細い知性的な顔立ちの青年で、青い一房の髪が珍しく、好奇心に満ちた瞳の持ち主だ。この声は、その男性のものに間違いなかった。
 ちなみに、彼女たちはあくまで「先輩後輩」であると強調しているのだが、それはちょっと怪しいな、とショウロは思っている。ふたりのやりとりからは、それ以上の親しさを感じるのである。それは、先輩後輩や同業者のよしみ、共同研究者などが持つニュアンスとはずいぶん違うように思われるのだった。
「いいからいいから! 最近ねー、炬燵入れたの!」
「コタツ……とは?」
「祖父母の故郷の暖房機器なんだけど、最高に快適なアイテムなのよ! テーブルの下から遠赤外線が出ててね……」
 はしゃぐ姉の声は続く。ショウロは苦笑しながら立ち上がった。
 姉の後輩男性は大抵の場合において、姉の誘いを断れず、粘った挙句に折れるのである。その上、年末に導入した「炬燵」をとてつもなく気に入っている姉が青年を引き込むことを諦めるはずがなく、姉の後輩である青年は目新しい機械類に弱い。さらに言えば、青年の訪れは久しぶりであり、彼が顔を見せたのだって、姉の顔を見たかったからに違いないのである。
「しかし、休暇の期間にお邪魔でしょう」
「どうせそろそろ明けるんだから。ほら、上がって上がって!」
「妹さんもいらっしゃるのでは?」
「当たり前でしょ。さあさあ、あったまらない限り帰さないわよ!」
 お茶とお菓子を用意しておこう。キッチンへ足を向けたショウロの背に、弱り切ったような青年の「……では、お言葉に甘えて」という声が届いた。思わずこぼした微笑みを、姉の声が追いかける。
「ショウロー、悪いんだけどお茶とお菓子、3人分用意してくれるー?!」
「もう準備してるよ!」
 その声に「えぇ?」というマヌケな返事が響いて、ショウロは遂に、声をあげて笑い出した。

まだ炬燵をしまえずにいるゆえ家でありました……
今年の冬は寒いですね

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